春の嵐

カテゴリが多いときか、まったくないときは、混乱度が高いのかも。

わたしはしばしば、混乱しているときに、整理しようとして、感じてること考えてることを文字に書いたり、言葉に出したり、その一環でブログを書いたりする。
今のように。

・まず、自分が混乱してるということを、自覚する。

・混乱している状態が自分の中にあることを、意識する。(といって、少しだけ客体化を試みる。)

・その混乱は、全身にくまなく沁み通っているのか、あるいは別の感覚か。その強度はどれくらいか。特定の身体の部位に偏ってはいないか、意識する。(身体感覚とパッチする。)

・枠についてある程度とらえられたら、今度はその中身、色について検討する。外からやってきたもの、言われた言葉されたこと、かけてもらった言葉、されなかったこと、そこから繋がってその解釈、その他の可能性、そしてわたしに涌いた感情、そのときの様相とその後の変遷。それから思考。行動。因果で繋がってるもの、偶然居合わせたもの。

・このあたりでいっぱいいっぱいになってくる。無理はしない。少し引いて、意識を向け続けていると、少しずつこなれてきて、捉えやすくなることもある。目を背けたくなることもある。

※思いのほか長くなったので格納します。

・目的を思い出す。というか確認する。いまわたしは混乱していて、わたしは混乱しっぱなしでいると、いろいろなことをやらかす度合いが強いので、混乱を整理しようとしてこういう作業をしてるのだと。もし混乱が強まるようであれば、それは長い目でわたしに必要なことかもしれないしわたしの欲することなのかもしれないが、文脈には合っていない。

・身体や心にフック、しこりのようなものがあって、それが作業を妨げているときは、(この一連を仮に「作業」と呼んでみる。つまりワークってことか)わたしの場合は、お風呂に入ったり、ストレッチをしたり、外を走ったり、することで取り除けるか、和らげられることもある。(音楽を聴いたり、何かを食べたりというものは、ほどほどならいいが、あまり摂りすぎると余計な色がついてしまう。そういうものでダイナミックに位相を変えようとしているならば別。)

・混乱の中身をていねいに見る作業がうまくいくと、自分の弱いところが(直近の経験や現在の状況というアレルゲンに)つつかれて、アレルギー反応としての混乱が生じているとわかることが多い。(ときには自分の性質自体がアレルゲンとなる自家中毒状態になっていることもある。)

・この最初の見立てはぼんやりしすぎていることもあるし、間違っていることもあるが、とっかかりと割り切って淡々と進める。

・アレルギー反応が盛り上がっているときはそれを取り除くことが最優先になるが、大体このあたりになれば落ち着いているので、ではアレルゲンに対して、どう弱いところを守っていくか、ということをようやく考えられる。短期的には、アレルギー反応への対処体制を手厚くすることで乗り切れる場合もある。(ドリンク剤とかそんな感じ。)

・何らかの守り方の見通しが思いついたら、それを実行すること。それによってアレルギー反応が少しでも抑えられているかどうかを気にする。抑えられていたら、密かに自分をほめよう。だめだったら、ざんねん。