パラレルワールドを想う

わたしの世界とそれ以外のたくさんの世界は、同時並行で存在していて、基本的には別物で、部分的に重なったり、互いにやり取りをするものだという、考え方をしてみる。
※学問的に積み重なっているもので、わたしが聞いたことのあるものでは「社会構成主義」(構築?)というものが近かったり、わたしのこの考え方のひとつの参考になっているのだろうが、それをわたしはしっかりと知らないので、きちんと関係を説明することができない。

わたしは日々、いろいろな人と同じものを見たり、言葉を交わしたり、あるいは本を読んで取り入れたりしていて、まるで共通の世界を生きているように思うことが多いのだけれど、でも、別々だと考えた方が、どうやら都合がよさそうだと思っている。
※都合がよい、とは、違和感やもやもやをそのままの形で抱え続けることが少なくなりそうだ、という意味に近い。

個人個人が持っている世界だけでなく、「私と誰かの2人の世界」などの特定複数人が担い手となる世界、職場の世界などの不特定多数が担い手となる世界があると考える。そして、個人は他人と新しい世界を作ったり、他の世界とやり取りをしたりする。
私は私を担い手とする世界や、私と親しい個人の世界とよくやり取りをするが、まったくやり取りをしない世界の方が圧倒的に多い。
異なる世界でやり取りされたものは、情報としては同一でも、大なり小なり、意味が変わってくる。そこの移行がスムーズに行く場合と、行かないことがある。

自分の世界を構築しているのは、自分の世界で生み出されたものだけでなく、他の世界からやってきたものも多い。それらは借り物で、異邦人なのだ。それが借り物のまま世界にとどまり続けることもあるし、その世界に適合するように作り替えられることもある。

というのが、いまのわたしのナイーブな世界観だ。
わたしはわたしの世界をちゃんと構築することをしよう。そして、他の世界と調和してやり取りができるようになろう。