(301)10 days off, 6 colors.

2021年の1/1から4/10にかけて100日分の記事を更新してみた。
ブログという場を使って、次にちょっと別のことをやってみようと思っていたら、10日間経っていた。

やろうとしていたことは、構造をつくっていくこと。
曜日ごとにテーマを決めて、内容を書き分けようとしていた。
仕事のこと。組織で事業を行うこと。組織の中で働くこと。キャリアの展望を持つこと。
日常生活のこと。家を整えること。身体を整えること。お金をやりくりすること。元気をやりくりすること。
学びのこと。学びの場のこと。本を読むこと。自分に引きつけること。資格を更新すること。将来の仕事につなげること。
人との関わりのこと。関わる場や相手のこと。一般的な関わりかたのこと。個別的な関わりかたのこと。
文化のこと。好きなものを味わうこと。
疎通すること。記録をつけて、見返すこと。情報を整理すること。ふりかえること。計画を立てること。目標を立てること。進捗を把握すること。要因を分析すること。次の一手を考えること。調べて、考えて、整理して、レポートすること。

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(300)ア・ハンドレッド・デイズ

数あるコンビニの中で、デイリーヤマザキの垢抜けない感じが好きだ。近所のデイリーヤマザキには韓国食品コーナーがあって、最近よく手に取る。マッコリの隣に「チャミスル」という名前のお酒があって、並んでいたのはフルーツ系のパッケージだったが、ネットで見てみたら、そうでないバージョンもあるらしい。

壊れた椅子の次の人を探しに、前の人を買ったのと同じ近所のリサイクルショップに行く。本当に近所だったときから引っ越して、少し距離が開いたが、それでも近所なのには変わりない。リサイクルショップというものの垢抜けない感じが好きだ。頭の中で漠然と考えていたものがまさに形になったものにまみえるのは100均のほうが上だが、未知との遭遇の可能性にあふれている、まるでジャングルのような雰囲気は、スタイリッシュなチェーンの100均にはかもしだせないものだ。だから、ごちゃっとした100均は、リサイクルショップと100均のよいところを併せ持っている最高のお店。近所にそんな最高の100均があったのだが、1年ちょっと前に閉店してスーパーマーケットになってしまった。

最近、上司から机回りを片づけるようしきりに言われるのは、もしかすると人事異動が迫っているからなのかもしれないが、ただ単に散らかりすぎているのかもしれない。ある程度ごちゃっとしている方が落ち着くというのは、ペーパーレスになじめない人のように、だんだんと絶滅していく(べき)なのかもしれない。お目当てのパイプ椅子は、先代よりも若干クッションが薄めだけど、ほぼ同じスタイルのものを手に入れることができた。

雨も降ってないのにやたら冷え込むこの100日目に、ハンバーガー屋でノートPCを立ち上げて、1週間分のブログを書く。現金の出納が全然合わなくて、ひどい状態だったのだとわかる。上野のお気に入りのお店に寄ったけれど、けっこう人がいたし、夜のウェビナーが迫っていたので、軽く一杯だけ注文して退散。

児童虐待をテーマにしたウェビナーからザッピングして、セカンドシーズンに突入したインクルージョン研究会あぜみ。スレッドにも書いたけど、雑談タイムに出てきた話題が自分にとって印象が強くて、レポートを書いてみようと思い立つ。差別とか、人権とか。

(299)コスパ元年

人事異動もあったし、と顔合わせのためのオンライン会議を見切り発車でセットして、隣の人には「その開催案内誰も読んでないんじゃないの~?」とか言われたけれど、なんだかんだで半分くらいの人が参加してくれた。本当は、前日までに資料を用意して、リマインドがてら送るというスマートなマネをしたかったのだが、結局直前に昼も抜いて資料を突貫で作成する始末。パワポに色をつけてみたものの、黄緑背景に白文字は見にくかった。反省点は多々。

しかし、自分の生理的にきもちよいところまでやっていると、積み残しがいつまで経っても消えていかないのも事実。クオリティ・レベルを引き下げて、件数をこなしていくために、あえてタイトな〆切を自分に課すということを、なかば意図的にやってみたのだ。

私の今年度の仕事の目標のひとつは、コスト感覚を持つということ。絶対にミスをしてはならないものにはダブルチェックの手間をかけるし、クオリティをできるだけ上げたいものだったら、こだわって作り込む。だけど、内輪でしか使わないものだったり、正解がないようなものは、ある程度のところで割り切るということも必要に思う。この作業をするのに、我々の係でのべ何分間時間を使おうか。今終わった作業に、実際何分間時間を使ったんだろうか。そういうことを気にしていきたいと思う。できるかはさておき、何度でも思い出し、小さな取組を何度かやってみよう。

 

 

(298)概念を、言葉を扱うお仕事です

口頭では何度となく表現されているけど、書き言葉になっていないような考え方・概念ってけっこうある。頭の中で考えていること、話し言葉、書き言葉。実際にはもっと細かい区分があるんだろうけど、概念や言葉の表現形は、その種類ごとに、重なりつつも異なる守備範囲があるように思う。私が最近やっていたのは、その、話し言葉レベルの概念を、書き言葉にしようとすることだったのではないかと思う。書き言葉にすると、細かい文言に気を遣う。ニュアンスが変わってしまったり、ぎらついてしまったりする。安全を取ると、書ききれないこともある。だけどその代わり、話し言葉よりも多くの、遠くの人に伝えることができる。自分の中で案ができたのがたぶん2週間くらい前で、それを周りの人と擦り合わせていく過程でゴツゴツしたものが取れていく心地よさと、大切にしたいことから離れてしまいそうな心許なさが湧いてくる。文書が完成しても、それもまた途中。受け取った人たちに伝わって、その人たちがまた伝えて、考え方や行動が変わって、そして世の中がちょっとだけでもよい方向に変わる。時間差で、同時多発的に変わる。その過程で、よくないものもどっさり生まれるけど、でも総合的に見たらやってよかったと言えて、よくないものにも順次手当てをしていく。そういうことがしたいのだ。そういうことをするべきはずなのだ。

 

(297)甲と乙とヘイヘイヘイ

自分の知り合いと、別の知り合いが、互いに関わっているのは不思議な気分がする。それぞれの関係性とはまた異なる化学反応が起きる。自分はどちらとも相性がよいと思っても、その2人は相性が悪かったりする。私は知人や友人が極めて少なく、加えて知り合い同士を引き合わせるようなソーシャルスキルも乏しいので、これまでそういう状況はほとんど経験がなかったのだが、偶然だか必然だかそのような状況になり、しかもあまり良い関係ではなさそうだったので、柄にもなく首を突っ込むようなマネをしている。

デリケートな話なので、いくら自分の個人情報の取り扱いが甘すぎる私でもさすがに気を使いながら、具体的な話を書かないようにしている。ただ、取り扱っている内容が、いままさに自分が直面している自分の課題とかなり近いところにあって、すごく耳が痛いし、全然他人事ではない。第3者的・客観的になんて全然なれやしない。対人援助職は、自分の経験したことと、他者の助けになることを、重ね合わせつつ、きちんと区別するという絶妙なプレイが要求されるものだと思っている。(福祉の分野などは、当事者や当事者に近い人が、その当事者性を持って社会活動を行ったりすることが往々にしてあるので、この問題が余計に難問となっているような気がしているが、それはまた別の機会に。)ただ、同じようなテーマであっても、世の中にはダメになってしまうもの、なんとか修復していけるもの、少なくとも表面的には問題化しないものなど、さまざまなバリエーションがある。それらを分けているものがなんなのかはとても気になるし、私はその壁を何年かかってもなんとかして乗り越えようと、第1歩を踏み出そうとしているところなのだ。

 

(296)ナレッジ・マネジメントのその中

組織で情報を共有するってのは、簡単なようで難しい。ある情報を入手したその時に組織内で共有するヨコの共有もそうだし、担当が変わったり時が経ったりするときのタテの共有もそうだ。どちらも、ある程度はルールによって担保されている部分もあるが、相当の部分は標準化されておらず、個人任せになっている。それで、結局穴があき、穴を埋めるのにリソースが取られる。非常にくだらない。きっと世の中には、こういうことをうまくやっている組織なんていくらでもあって、でも私がそのナレッジと断絶してしまっているだけなのだ。誰もが未知の課題に向き合わなければならない、コロナみたいなものとはきっと違うのだ(コロナだって、見る人が見れば、既知のソリューションが実行されないだけなのかもしれないが)。

都度都度のタイミング、あるいは定期的に、頭の中かメールボックスにしかない情報を、格納していくことで、ヨコとタテの問題は一気に解決するんじゃないかと思っている。引継書をゼロからいきなり作ろうとしたり、前任の引継書をベースにしようとする時点で間違っている。我々の異動のスパンは1年とか2年とかで、比較的早いほうではあるけれど、それでも十数ページに収まるようなものではないし、人間の記憶はそんなに容量がない。これができて、あとは外のナレッジにうまくアクセスすることができるようになれば、さまざまな問題への対処法を積み上げて、よりよい実践を積み上げていけるようになるのではと思っている。それはパターン・ランゲージにも通じるだろう。

(295)ワークワーク・スモーク

いろんな人が書いているが、週5日、8時間勤務というのは大変だ。自分の場合、8時間に収まっていないし。でも、池上彰の資本論解説本を読んでいると、かつでのどこぞの国では12時間勤務とか当たり前だったらしい。工場勤務でその労働時間って、相当に相当だな。とか軽はずみに言いたくなるけど、そんな働き方をしている人も、いくらだってとは言わないまでも、確実にいるのだ。メインの勤務時間が夜の時間だったり、ものすごい緊張感が何時間も持続する仕事だったりする。そんな社会やみなさんのことはひとまず置いておいて、いつものように自分の話をすると、月曜日は元気なので、早く出勤してもあまり苦にならない。金曜日は金曜日で、週末が近いので精神的にハイになって元気になる人もいると聞くが、私はわかりやすく、金曜日は一番元気がないと自覚している。そんなこんなで月曜日。新しく一緒に仕事をすることになった人たちと、共通認識を持つべく、打合せの時間を設けて、資料を作ってみる。自分にとっては当たり前のことを、整理しながら言語化して、知らない人に伝えていく。

夜、アマゾーンから覚えのない荷物が届く。先週末に両親と話したときに、冷燻を始めたと言っていて、いいなあと言っていたら機械(冷燻機)を送ってくれたのだ。ぱっと見、ステンレス製の水筒みたいな感じ。年度末から仕事がひどい感じになっていて、平日は朝にちゃんと起きれたときを除いて、生活のことに意識を向ける余裕が全然なさそうなので、これは週末の楽しみに取っておくこととしよう・・・。