ローカスオブ関心

昔、小沢健二の文章で、
「知っていることを理解するには短い言葉で足りるけれど、知らないことを理解するには140文字では足りない」
というようなことが書いてあって、なるほどと思ったことがある。

よく知っていることで、関心のあること。
よく知らないことで、関心のあること。
よく知っていることで、関心のないこと。
よく知らないことで、関心のないこと。

国際関係の研修というものに出てみたら、意外と面白かったのだけど、参加者がすごく少なかったので考えてみた。
私たちは望む望まないにせよ情報を取捨選択している。自らを成長させるような機会についても、可能な範囲で選択をしている。
よい研修や、よい出会いというものは、その人の価値観・関心をちょっと変える。場合によっては大きく変えるので、それ以前の自分の関心のなさは、信じすぎない方がいい。
関心でフィルタするのはすごくわかりやすいんだが、そればかりを続けていると、何かが抜けおちてしまう。とはいえ、全部拾ってはいられないのもまた現実。
私がよく取るのは、関心のあるヒトと、関心のないことがセットになっている場合。要因が交絡しているんだが、あえて交絡させるのであれば、それはそれで自分の枠を広げるいい機会だと思う。ただ、それはそれで運任せというか、ムラがあるので、もっと自分から軸を作っていくとか、あえて白いところを優先させていくとか、きっと色んな戦略があるんだろう。

(夜中にわざわざ書くほどのことじゃないね)