(245)やわらかい雪がふる

学びってのはいろいろな形があるけれど、これまでの自分にとって自明だったことに疑いを持って、自らのあり方を再構築していくような類いの学び、それの意義と難しさに鑑みて、その他の学びと区別した名前をつけて、たとえば【学びスペシャル(仮)】などと呼んでもいいくらいだ。学びスペシャル(仮)の機会は日常にもありふれているが、ある種の日常さは、学びスペシャル(仮)の機会を華麗にスルーさせる。日常ってのは、慣性だ。霧間誠一郎が、普通ということはずっとそのままだということを言っていたけれど、今の自分に受け入れられる変化だけ受け入れるというのは、延長線上にある、想定の範囲内だ。

なんというか、大人の世界(仮)は、すぐに一般化したがる。ような気がしている。一度こうなったら、これからもこういう風にやりましょうみたいな、暗黙の雪がしんしんと降り積もる。だから、「前例にしない」なんて言葉が霞の界隈で時折飛び交うのだ。「大人の世界」なんて呼び方をしたのは、前振りにすぎない。子と遊んでいると、経験は積み重なっていくけど、それがルールにならない。前にやったから今度もそうとは限らない。その中でも、経験は積み重なっていくけれど、それは常にやわらかくて、いかようにでも変形する。願わくば、この素敵な世界をずっと顕現し続けたい。